夏休み2023 古戦場・城めぐり 東海道編(3)

古戦場・城めぐりの締めくくりは、関ヶ原古戦場。名古屋から移動なので1時間半程度。ただ、途中の名神高速の渋滞が予想以上で2時間近くかかった。関ヶ原は各武将の陣跡や開戦地、決戦地などが点在していて見るところがたくさんあるのだが、まずは古戦場記念館に向かう。

しかし考えが甘かったのが思った以上に混雑していること。駐車場も満車で臨時駐車場が用意されていた。その説明を受けている時にたまたま一台出たタイミングだったのでなんとか常設の駐車場に滑り込めた感じだった。館内に入ってからも混雑ぶりが窺えた。特に楽しみにしていたグラウンドビジョンとシアターは予約が優先で当日の空きは午後に入ってから。もう少し下調べして予約しておけばよかった。

関ヶ原はジジババも一緒に

というわけでシアターの時間まで約3時間あるので、まずは史跡巡りをすることにした。

Contents

開戦地

まずは開戦地へ。記念館の混雑ぶりとは裏腹に、この日も天気良く気温も高いからか開戦地は人はまばら。到着してみると、開戦地ののぼりが立っていて、説明のボードと石碑が置いてあった。ここが開戦した場所かと感慨深い。東西の軍に別れ最初は互角の兵力ながらも、そこから西軍内で東軍の徳川方に寝返った小早川家などがいて敵と味方が変わり西軍が徐々に切り崩されいく戦いだが、その最初の東軍の攻撃が奇襲のように始まった場所だ。

開戦地から見た石田三成の本陣と決戦地の方面
開戦地の近くに小西行長の陣跡

石田三成陣地

シアターの時間までと昼食を考えるとあまり時間がない。そこで、記念館から近い場所で絞って、残りは石田三成の陣地と決戦地を見学することにした。

石田三成の陣地は記念館から比較的近い笹尾山にある。よく考えれば、関ヶ原は四方を小高い山に囲まれた地で、戦国時代の戦をするのには格好の場所に見えた。石田三成陣地に隣接する駐車場に車を停めて、陣地が築かれたところまでの山道の階段を徒歩で2〜3分登る。結構な急坂でしんどくて汗がたらたら流れるが、山頂に到着するとこの地を陣地にした理由もわかる。関ヶ原の地が一望できる良い場所だし、攻めて来ようにもこれだけの急坂は攻めるのもなかなか大変なはずだ。

階段のぼる前には馬防柵が再現されている
この階段がきつかった
関ヶ原の町が一望できる

決戦地

残り時間も少なくなってきたところで、最後は決戦地へ。石田三成本陣からすぐのところであり、徳川家康の本陣は初めは桃配山にあったが、そこから前進して記念館のあたりに最後の陣地を築いており、東軍に追い詰められていたことが物語られている。ここは決戦の碑が置かれているが周りは田畑である。ここでも日常と戦国時代が融合されていて身近に感じることができる。

関ヶ原古戦場記念館

決戦地を見学した後に昼食を摂り、その後は古戦場記念館へ。記念館で一番の楽しみだったグラウンドビジョンとシアターの見学時間に。二つ合わせて約30分くらいの上映時間。史跡巡りする前に本当は見たかった。これをみるだけで、関ヶ原の戦いの概要がわかり、その後の史跡巡りが意味を増すからだ。

最初のグラウンドビジョンで関ヶ原一帯を俯瞰しながら戦いの様子を見ることができた。東西の軍が最初は均衡していて、井伊直政と松平忠吉らが宇喜田隊への発砲によって開戦し、その後西軍からの寝返り派が相次いで西軍が徐々に崩され、長期戦になるかと思いきや約半日で決着がついてしまったのが良くわかった。

その後のシアターでは、今度は兵と同じ目線での映像が流れた。振動や風などが映像に合わせて加えられ音と合わせて迫力があった。敵とぶつかる瞬間など戦いが実際にどのような感じで行われているか体験したような感じだ。

おわりに

関ヶ原は今回3ヶ所だけしか巡れなかったが、本当なら東軍の徳川家康の本陣なども回りたかった。また次回の機会を作ってリベンジしたいと思う。

これで東海道の古戦場・城めぐりは終了。蓼科のディナーの予約時間に間に合うよに関ヶ原を後にして一路蓼科へ。本来なら蓼科には涼を求めに行くのだが、蓼科からも足を伸ばせば戦国時代に触れられる古戦場や城があることに気づいて、引き続き信州・甲州の古戦場・城めぐりを続けることにした。


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